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仙台高等裁判所 昭和36年(行)219号 判決 1963年1月23日

控訴人(原告)

神長テル子 外一名

被控訴人(被告)

福島県教育委員会

主文

本件控訴はいずれもこれを棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

控訴人ら代理人は、「原判決を取消す。被控訴人福島県教育委員会が昭和三二年三月三一日付をもつて控訴人神長テル子に対しなした免職処分及び同年四月一日付をもつて控訴人小林タケに対しなした須釜中学校への転任処分並びに被控訴人福島県人事委員会が同年一一月一五日控訴人らの不利益処分審査請求につきなした各判定を取消す。控訴費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決、予備的請求として被控訴人福島県教育委員会との関係において、控訴人神長テル子が昭和三二年四月一日以降引続き福島県地方公務員の身分を有することを確認する。」との判決を求め、被控訴代理人らは、各控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、次に記載する事項のほか、すぺて原判決摘示事実と同一であるからこれを引用する。

(控訴人ら代理人の陳述)

(一)  原判決は、控訴人神長は臨時免許状の失効と同時に地方公務員の身分を当然に喪失したものと判断したが、これは地方公務員法の解釈を誤つたものである。

すなわち、教育職員は相当の免許状を有するものでなければならないのであり、臨時免許状は普通免許状を有する者を採用することができない場合に限り、教育職員検定に合格した者に県教育委員会が授与するものであるところ、地方教育行政の組織及び運営に関する法律によると、教育職員の任命は教育委員会が行い、その身分取扱いに関する事項は、他の法律に特別の定めがない限り地方公務員法の定めるところによるものとされている。したがつて、教職員免許法による臨時免許状の授与と任命行為とは別個の行政処分であるというべく、教職員免許法所定の資格を失つた者を免職する場合は、地方公務員法第二八条第一項第三号に該当するものとして、同条第三項により条例でその手続及び効果を定めなければならないのであり、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第四三条第三項に則り、福島県市町村立学校職員の分限に関する条例(昭和三一年九月二九日条例第六一号)が定められ、同条例第四条第二項をもつて、市町村立学校職員の意に反する降任、免職及び休職の処分は、当該職員にその旨を記載した文書を交付して行わなければならない。」と規定されたものであるところ、控訴人神長に対して右の手続が行われていない。

そうすると、同控訴人は教職員の資格を失つても、岩瀬村立白方小学校助教諭たる身分を依然として保有することが明らかであり、地方公務員法第二八条第六項のごとき規定がないのにかかわらず同控訴人が教職員の資格を失つたことにより、当然失職したものと解した原判決は誤りといわなければならない。

(二)  原判決はまた、控訴人小林タケに対する転任処分につき、「全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務する地方公務員として、この程度の不利益はやむを得ないものとして受忍すべきものというべく、任命権者は人事行政運営上の裁量行為としてこの程度は許さるべきものといわなければならない。」旨を判示したがこの解釈は、すでに西ドイツ等において確立された「配置転換をした結果不当に賃金が下がるという場合は、労働者の同意が必要である。」との原則に反する非民主的な考え方に立つものであり、違法である。

右の原則は、賃金は労働契約の中心をなすものであつて、労働契約の重大な変更であり、契約を変更する場合は原則として当事者である労働者の同意が必要であるとの合理的根拠によつて生じたものであつて、これに反する場合は裁量権の濫用と解釈されているのである。そして、右の理は、民間労働者と公務員との間において差異のあろうはずはない。

控訴人小林に対する本件転任処分は、退職勧告拒否に対する報復手段たるにとどまらず、これにより同控訴人は各種生活条件に著しい不利益をこうむり、しかもその給与において少くとも毎月五、〇〇〇円ないし六、〇〇〇の低下を来すものであつて、月額一五、〇〇〇円の収入のうち、その三分の一以上の支出増加を余儀なくされるがごとき極端な転任処分は、条理を逸した権利の濫用にわたる違法行為である。

同控訴人の支出増加の内訳は、次のとおりである。

(1)  一、九〇〇円 毎月四~五回自宅に帰るための旅費

(2)  一、五五〇円 冬期間(一一月ころから翌年四月ころまで)の燃料費

(3)  一、〇〇〇円 間代

(4)  一、〇〇〇円 交際費

(5)  八〇〇円 主食費

(6)  一、五〇〇円 副食費

合計 七、七五〇円

なお、昭和二九年三月以降同控訴人の収入は月額二二、八〇〇円である。

同控訴人が須釜中学校に転勤を命ぜられた当時における同校の職員配置は次のとおりであつた。

<省略>

職種 氏名 免訴取得教科

校長 教諭 同 同 同 同 同 同 助教諭 事務員 矢吹幸夫 須釜守幸 大木吉丸 須田明 望月イネ 広川喜友 矢部博司 熊田辰己 水野勝子 三輪貞夫 国語・社会 職業・理科 社会・国語・職業・農業(耕種) 音楽・数学(免許教科外担任) 家庭科・国語 英語・国語 理科 数学・職業 国語・音楽・数学(免許教科外担任)

そして、同校としては、免許取得教科体育の教諭の配置を希望していたのであるが、被控訴人教育委員会は不必要な家庭科の教諭である同控訴人をあえて同校に転任させ、これにより生じた不均衡を是正するため、昭和三二年七月になつてから先任の家庭科教諭望月イネを他校に転任させたのであつて、かかる事実から見るも同控訴人の転任は全く必要のないものであつた。

(三)  控訴人小林が守山中学校開校以来連続して九年一一箇月にわたり同校に勤務していたこと、同控訴人の新任地は、土曜日及び日曜日の休日を利用することにより、月間四~五回田村町所在の自宅に帰ることができること及び同控訴人が被控訴人教育委員会主張のとおりの恩給額の支給を受けていることは認める。

(被控訴人らの代理人の陳述)

(一)  被控訴人小林が須釜中学校に転勤を命ぜられた当時における同校の職員配置が同控訴人主張のとおりであることは認める。

(二)  控訴人神永主張のごとき免職の手続を要すること及び控訴人小林主張の本件転任処分による支出増加の事実は否認する。

(一)  控訴人小林に対し支給した恩給年額は、昭和二九年四月一日から昭和三一年五月三一日まで若年停止(四五歳から五〇歳までは五割支給)のため五六、五四四円、同年六月一日から昭和三六年五月三一日まで若年停止(五一歳から五等歳までは割支給)のため七九、一六二円同年六月一日から若年停止解除により一一三、〇八八円である(福島県職員恩給条例第三八条)。

(二)  控訴人小林に対する本件転任処分により須釜中学校の職員配置が不均衡になつたことは否認する。仮りに不均衡になつたとしても、小規模な学校においてはやむを得ないことである。

(証拠関係)

双方各代理人は、当審における証人矢吹幸夫の証言をそれぞれ援用した。

理由

(一)  控訴人神長の請求については、次に理由を付加するほか、原審と所見を同じくするから、原判決の理由(当該部分)を引用する。

同控訴人は、教職員免許法にたる臨時免許状の授与と任命行為とは別箇の行政処分であるから、教職員免許法所定の資格を失つた者を免職する場合は、地方公務員法第二八条第一項第三号、同条第三項、地方教育行政の組織及び運営に関する法律第四三条第三項、福島県市町村立学校職員の分限に関する条例第四条第二項所定の手続によらなければならない旨主張する、すでに認定したとおり(原判決一〇枚目裏三行目以下)、教育職員はその特殊性に鑑み、教育職員免許法に定める免許状を有することを身分取得の要件とするとともに、教育職員たる身分を継続するにもまたこの資格を有することを前提とするものであつて、免許状が失効すれば当然その身分を失われるものと解すべきものであり臨時免許状の授与と任命行為とがそれぞれ別個の行政処分であるからといつて、同控訴人主張のごとく解すべき理由はない。

(二)  控訴人小林の請求につき考えるに、被控訴人福島県教育委員会(以下被控訴人県教委と略称する。)が昭和三二年四月一日付をもつて、同県田村郡田村町立守山中学校講師として勤務していた同控訴人に対し、同県石川郡玉川村立頑釜中学校に転勤を命じたこと及び同控訴人が同年五月一四日被控訴人福島県人事委員会に対し不利益処分の審査請求をしたところ、同委員会は、昭和三三年一一月一五日右転任処分を承認する旨の判定をなしたことは当事者間に争いがない。

同控訴人は、右転任処分は同控訴人が被控訴人県教委の数回にわたる退職強要を拒否したことに対する報復手段としてなされた違法のものであると主張するので考えるに、右主張にそう成立に争いのない甲第一一号(証証人佐藤徳雄の調書)、原審における証人高田コトの証言及び同控訴人本人尋問の結果(第一二回)及び右主張にそうがごとき成立に争いのない甲第八号(証証人国分久の調書、乙第九号証に同じ。)第九号証(証人矢吹嘉蔵の調書)第一〇号証(証人軍谷としの調書)はにわかに信用し難く、その他右の主張を認め得る証拠はない。もつとも、右の各証拠によると、同控訴人は被控訴人県教委から退職勧奨の対象者とされ、昭和三〇年ころから退職の勧奨を受けてその都度これを拒絶したことは明らかであるが、成立に争いのない乙第五・六・八号証(乙第六号証は甲第七号証に同じ。)、原審証人池下泰弘の証言、前記甲第八号証によると、被控訴人県教委は、人事の刷新交流を図る見地から、昭和三一年度末行う予定の人事異動計画を年令・恩給年限・勤務の実績・家庭の事情等を勘案して年度末小・中学校教職員の人事に関する方針並びに年度末小・中学校教職員人事実施要項基準を設け、これに基き退職勧奨並びに転勤処分を行つたこと、同控訴人は、四五歳以上の当時講師で、その夫も学校教員でいわゆる共稼ぎの場合に当り、かつ恩給年限に達し、退職後の生活に甚大なる支障がないということから右の基準に該当する対象者として退職勧奨を受けたものであること、被控訴人県教委は、同控訴人が退職勧奨に応ずるであろうと予測して教職員の異動計画を樹てたため、同控訴人が守山中学校開校以来九年一一箇月の長きにわたり同校に引続き勤務し(この勤務関係については当事者間に争がない。)、同一校に六年以上勤務する者を異動させるとの基準に該当する者であつたにもかかわらず異動計画中に加えられず、同年三月同控訴人が退職勧奨に応じないものであることがわかつてから取急ぎ転任させることとしたため、転任先が自由でなくやむなく須釜中学校に転任させることとしたものであることが認められるのであつて、同控訴人に対する転勤処分が報復手段であるとは到底認め難い。右認定に反する前記甲第一一号証(証人佐藤徳雄の調書)、原審証人高田コトの証言の一部は信用しない。

同控訴人は、さらに本件転任につきなされた田村町教育委員会の内申は、被控訴人県教委から頼まれて記載したものであり、自らの見解によるものではないから適法な内申を欠き本件転任処分は違法である旨主張し、前記甲第八号証によると、「国分久は、昭和二八年五月一日から三二年九月三〇日まで田村町の教育長をしていた。六年以上の永年勤続者を交換してもらいたいということを県教委から話があつた。人事異動は教育長との話合いのもとに個人の納得で行くことになつている。内申は三月末に文書でした。内容は転任させてほしいというものだつた。控をとつたかどうかは記憶にない。転勤の目的はたとえて言えば溜水を流水にするものだと思う。教育効果を上げるためである。これと関連する教科関係の検討はは一切校長に任せていた。小林の転勤は県教委の意思によるものであり、それに基いて内申を出したのである。積極的に内申をしたことはない。人事は適材適所にやるべきだと思う。適材適所というものは人格と教科の力である。須釜中への転任は、県教委が全体的に見て適材適所だというのだから間違いないと思う。」との部分があり、田村町教育委員会が法律の期待するように十分な機能を発揮していないうらみがあることは否定し得ないが、右をもつてしても、田村町教育委員会がその意思による内申をしなかつたとは断じ得ないところであるから、同控訴人の右の主張もまた理由がないものといわなければならない。

同控訴人はさらに、本件転任処分は、少くとも毎月五、〇〇〇円ないし六、〇〇〇円の給与の低下を来すものであり、その収入の三分の一以上の支出を余儀なくされるものであり、精神的にも重大な損失を被るに至り、権利の濫用にわたるものである旨主張するので考えるに、同控訴人が昭和二九年三月以降月額二二、八〇〇円の収入を得ていることは同控訴人が自ら陳述するところであり成立に争のない甲第一三号証(一部)、原審における同控訴人本人尋問の結果(第一二回)当審証人矢吹幸夫の証言によると、同控訴人は本件転任を命ぜられた昭和三二年四月当時、福島県田村郡田村町大字御代田徳定前一四番地の二に居宅を有し、これに当時安積高等学校に勤務していた夫とともに子供四人を擁して居住していたもので右自宅から須釜中学校に通勤すると、片道約一時間三〇分(交通費片道八五円)を要し、通勤することが困難な事情にあり、そのため夏期を除き現任地に間借りして自炊し、一箇月四~五回自宅に帰ることにしているが、これら経費として、一箇月当り(イ)自宅への往復旅費六八〇円ないし八五〇円、(ロ)冬期間の燃料費一、五五〇円、(ハ)間代一〇〇〇円と若干の交際費を余分に要することが認められる。

右認定に反する甲第一三号証(請求者同控訴人の供述調書)及び同控訴人本人尋問の各一部は信用し難い。その他右認定を左右する証拠はない。(なお、同控訴人は、一箇月当り主食費八〇〇円及び副食費一、五〇〇円も支出が増加したものとして計上するが、主食費副食費のごときは、自宅において生活すると否とにかかわりなく生ずる費用であり、本件転任処分により増加した費用ということができない。)

しかしながら、公務員はその自宅から通勤することを保障されて任用されたものでなく、むしろ今日の社会において教職に従事する公務員は、自宅からの通勤できない任地に転任を命ぜられることが予定されているといつて過言ではなく、すでに認定したごとく、同控訴人は守山中学校開校以来九年一一箇月もの長きにわたり引続き同校に勤務してきたものであり、かかる経歴を考慮に入れて考えると、本件転任処分はまことにやむを得ざる措置というのほかなく、右の程度の不利益をもつてしては法律上不利益な処分があつたということができない。

そして、本件転任処分当時における須釜中学校の職員配置が同控訴人の主張のとおりであつたことは当事者間に争がなく前記甲第九・一一号証、証人池下泰弘・矢吹幸夫の各証言及び同控訴人本人尋問の結果によると、本件転任処分当時須釜中学校においては、家庭科を担任する教諭として望月イネが勤務しており、免許取得教科が家庭科である同控訴人を転任させたために同校においては家庭科を免許取得教科とする教員が二名となつたことが認められるが、他方前記証人矢吹幸夫の証言によると、被控訴人県教委は同控訴人が小学校専科正教員の免許状を有し、免許教科外担任申請をなせば許可を得られ、中学二年までは国語・数学等の教科を担任することができる事情にあり、赴任後同控訴人は国語保健体育の免許教科外担任許可を得てこれを担任していること、同校においては八人で一〇科目の教科を担任しなければならない関係にあり、小規模の学校であるために理想通りの職員の配置が困雑であること、被控訴人県教委は望月イネを他校に転任なせる計画で本件転任処分を行つたことが認められる。

そうすると、本件転任処分は、同校教職員中に一時的に免許取得教科を同じくするものを生ぜしめたけれども、同控訴人を転任させる必要がなかつたとはいえないのであり、もとより権利を濫用したものということができないから、同控訴人の右の主張もまた理由がないものというべくしたがつて、同控訴人の被控訴人らに対する請求はいずれも失当としてこれを棄却すべきである。

(三) 以上と同旨の原判決は相当であつて本件控訴はいずれも理由がない。

よつて、民事訴訟法第三八四条・第九五条・第八九条・第九三条を適用して主文のとおり判決する。

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